鵜飼に関わる文化遺産

名称
長良川の鵜飼漁の技術
種別
国重要無形民俗文化財
年月日
平成27年3月2日指定
概要
 現在、長良川では岐阜市長良6名、関市小瀬の3名が鵜飼漁に携わり、全国で唯一、宮内庁式部職鵜匠に任じられています。
長良川の鵜飼漁では、鵜匠は1人で最高12羽の鵜をつかいます。これは日本における鵜飼漁で最も多い数であり、鵜は各鵜匠家で年間を通じて飼育しています。また、船に乗り長良川中流域の流れの速い瀬を越えながら漁をするのも特徴です。
長良川の鵜飼漁は、鵜匠家による鵜の飼育に関する技術、鵜に装着する首結いの加減や手縄のさばき方など、鵜匠が漁において鵜を扱う技術、鵜匠や船頭による船の操船や管理に関する技術などが一体となり伝承されてきたものです。

6艘の鵜舟が川幅いっぱいに広がり、同じ方向に下りながら漁をする「総がらみ」

鵜匠家の鳥屋では、毎日鵜に触れて体調を把握し、その日の漁に連れて行く鵜を選ぶ

名称
長良川鵜飼用具
種別
国重要有形民俗文化財
年月日
昭和30年4月22日指定
概要
 岐阜市長良の各鵜匠家で使用していた鵜飼漁に関わる用具(122点)です。鵜飼期間中の用具、餌飼の用具、手縄や腰蓑を製作するための用具など六つに分類され、長良川における鵜飼漁の全容を網羅し、現在では使われていない用具も多数含まれています。

帆を張り、めばり棒を立てた鵜舟

せんじ(泊り餌飼の炊事用具)

名称
長良川中流域における岐阜の文化的景観
種別
国重要文化的景観
年月日
平成26年3月18日選定
概要
 長良川中流域における岐阜の文化的景観は、長良川と金華山、町と人々が一体となって形成してきた「岐阜市の原風景」です。
金華山を背景にして行われる長良川鵜飼は、地域の人々にとって身近な風景と言えます。鵜飼をはじめとする人と長良川のつながりにより形成された風景が現代に継承されています。

「長良川中流域における岐阜の文化的景観」全覧図[夜]
(奈良文化財研究所景観研究室作成)

船頭による出漁の準備の様子

名称
岐阜城跡
種別
国史跡
年月日
平成23年2月7日指定
概要
 1567(永禄10)年、織田信長が入城し、天下統一の拠点とした山城です。岐阜城が築かれた金華山(稲葉山)は、中世から現在に至るまで、景勝地として認知されてきた山です。特に、鵜飼の借景として名高く、近世における数多くの絵画史料に、金華山、長良川、そして鵜飼が行われている様子が一体的に描かれています。

岐阜城跡(北西上空から撮影)

金華山を借景とした鵜飼漁の様子

名称
鵜匠家に伝承する鮎鮓製造技術
種別
岐阜市重要無形民俗文化財
年月日
平成22年3月29日指定
概要
 岐阜市長良の鵜匠家でつくられている鮎鮓は、毎年11〜12月に、飯と塩で鮎を約一か月発酵させた食品で、「すし」の中でも酢を使わずに作る「なれずし」の一種です。
江戸時代に岐阜町の「御鮨所」で作られていた幕府御用の献上鮎鮓の製造法と類似する点が多く、その伝統を引くものと考えられます。

鮎の腹に飯を詰め、桶に漬け込む

漬けあがり、皿に盛った鮎鮓

 

名称
鵜匠装束(藁製品製作技術)
種別
岐阜市重要無形民俗文化財
年月日
平成29年4月5日指定
概要
 長良川の鵜飼漁で鵜匠が身につける装束は、風折烏帽子・漁服・胸当・腰蓑・足半の5つで成り立ちます。当初、鵜匠の装束に決まった形式はありませんでしたが、江戸時代中期にはそろって腰蓑が着用されるようになり、明治時代には現在用いられる装束に近い形へ統一化されるようになりました。鵜匠の装束は、鵜飼漁を行うのに最適な機能が備えられるように製作されます。特に、腰蓑や足半などの藁製品の製作には、熟練を要する高い技術が用いられています。また、装束の見映えにもこだわり、鵜飼漁を見せるにふさわしい美しさを兼ね備えた装束へと丁寧に仕上げられます。。

腰蓑の製作:ツボ(ねじれを持つ藁)を綯う

腰蓑の製作:重石を交差しながら腰蓑を編む

 

名称
長良川鵜飼観覧船造船技術
種別
岐阜市重要無形民俗文化財
年月日
平成22年3月29日指定
概要
 岐阜市では、15人乗りから30人乗りの鵜飼観覧船を、専門の舟大工が造ります。板材には水に強くて軽い高野槙を使用し、長良川流域の舟大工と共通する伝統的な技術を継承するとともに、大型船であることや屋形を常設することなど、他の川船には無い船体構造に由来する独自の技術が見られます。

造船中の鵜飼観覧船

モジと呼ぶ道具を使い、釘穴を広げる

名称
長良川鵜飼観覧船操船技術
種別
岐阜市重要無形民俗文化財
年月日
平成24年3月23日指定
概要
 岐阜市における木造の鵜飼観覧船は、棹と櫂を組み合わせて使い、船を進めます。船頭は、常に変化する風速や風向、水位や流速、他船や鵜舟の動きなどを予測し、同乗の船頭と強調して無駄のない操船を行います。安全運航と乗客への最適な鵜飼観覧を提供する操船技術には、他の河川における船頭には見られない地域的な特色が見られます。

三人の船頭で、棹を使用して上流に登る様子

「御料場」付近にて、舳と艫の両方の船頭が櫂を使用して操船する様子

名称
「信長公のおもてなし」が息づく戦国城下町・岐阜
種別
日本遺産
年月日
平成27年4月24日認定
概要
 岐阜城を拠点に天下統一を目指した織田信長は、岐阜の地に最高のおもてなし空間を創出しました。1568(永禄11)年には、武田信玄の使者である秋山伯耆守を鵜飼観覧に招待し、獲れた鮎を自ら確認して甲府に届けさせています。
鵜飼観覧や船上で行われる船遊びなど、信長によるおもてなしは現在の岐阜市観光の骨格をなしており、岐阜の町に息づいています。

屋形船から鵜飼観覧を楽しむ多くの人々

船上で行われる船遊び

名称
清流長良川の鮎〜『里川』における人と鮎のつながり〜
種別
世界農業遺産
年月日
平成27年12月15日認定
概要
 長良川は、流域の人々の暮らしの中で清流が保たれています。その清流で鮎が育ち、清流と鮎は、地域の経済や鵜飼をはじめとする伝統漁法などの歴史文化と深く結びついています。長良川における人の生活、水環境、漁業資源が連環する里川のシステム(長良川システム)が構築されています。

長良川に生息する鮎

御料鵜飼で捕れた鮎

岐阜市外の鵜飼に関する文化遺産
  • ・「鵜捕りの技術」(日立市無形民俗文化財、H4.12.1指定)
  • ・「鵜匠家の家屋」(関市重要文化財、H18.6.6指定)
  • ・「鵜飼用具作製に関わる竹細工技術」
    (関市重要無形民俗文化財、H22.6.10指定)
  • ・「小瀬の鵜飼用具」関市重要有形民俗文化財(H26.3.31指定)